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NATIONAL GEOGRAPHIC SPECIAL より。

今年は「国際森林年」なんだと。

この別冊には、興味深い記事がいくつも。

その中より1つ。感動したもんで。

以前に知って驚いたんだけど、あの明治神宮の森が、90年ほど前に、
人の手によってつくられたという事を。

これについての記事だ。

1912年に明示天皇が崩御されて、祀る神社として構想が生まれた。

今の地に決定しても、当時はほとんどが畑地や草原、沼地の荒れ地。

鎮守の森が必要ということで、森を造成するわけだ。

「神社の森は永遠に続くものでなければならない。それには自然林に近い状態をつくり上げることだ」
これが基本計画の骨子に。

「神社には杉林!!」と当時の大隈首相は唱えたが、造成の中心の人達は、もともとこの地方に存在していたのが常緑広葉樹で、各種の広葉樹木の混合林を再現できれば、人手を加えなくても天然更新することができると考え、また、この地に杉は十分に育たないということを、科学的に説明して、首相を納得させたと。

もし説得できていなければ、今の森は恐らくない?!

「林苑の創設より最後の林相に至るまで変移の順序(予想)」
50年後、百数十年後の森林の変化が、4段階の予想図として描かれているものが
あった。
壮大な構想
第一段階は、主木としてそびえる上冠木の針葉樹の間、下に、将来の主木となる木、常緑広葉樹を植え、自ら世代交代を繰り返す(第4段階まで)・・・というものだ。

荘厳な鎮守の森の様相を早期に実現し、風土に合った自然の森を、100年以上もの時をかけて完成させていくという、大正初期の日本人が、作ろうとした「永遠の森」。
森づくりへの明確な壮大なビジョン。

明治神宮の森は、関東大震災や戦災をも乗り越えて、あの頃より90年、当初の想定より早く、完成期(第4段階)の入り口まできている。

小さいころに、おじいちゃんに連れられて、初詣に行ったっきり。
今度、しっかり見に行ってみよう。

今・昔

「土地や気候に合わせ、自然に逆らわずにやっていくのが林学の基本です。明治神宮の森づくりは、どういう森をどういう目的でつくるのかという明確なビジョンが
あった。加えて、現在でも通用する植生遷移の考え方をもとに、緻密な植栽計画と、100年先を見た樹林構成のモデルを描いている。目先の利便性だけを追求してきた戦後の林業のあり方を、痛烈に批判しているように見えます」

「神宮の森では自然林に近い森を作るため350種を超える樹種が植えられ、適者生存のやり方が取られました。このため森林生態学的に見れば、様々な樹種が混生する奇妙な森ともいえます。ほぼ100年を経て、天然林相に近づきつつあるのは確かですが、本当にそうなるかどうかは、千年、万年という単位で見なければ分から
ない。その意味で、この森は興味の尽きない、見守っていきたい森の一つです」
(この森の研究に携わってきた、宇都宮大学名誉教授 谷本丈夫さんの言葉)




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